撮影監督の映画批評

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『ルーム ROOM』(レニー・アブラハムソン)

(ネタバレあり)

オールド・ニック(ショーン・ブリジャース)に監禁され、自由を奪われたジョイ(ブリー・ラーソン)は、そこでジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)を出産する。
ジョイは、「外の世界」を知ることのできないジャックのために、「ルーム」の中をホンモノの世界だと教え、TVや天窓のフレームから垣間見える「外の世界」はニセモノだというフリをする。
しかし脱出をひかえ、ジョイは今までフリをしていただけだとジャックに教え諭すのだった。


「外の世界」を知らなかったジャックが戸惑いながらも順応していくのとは対照的に、「外の世界」を知っているはずのジョイが心を閉ざしていく。医師が言うようにそれは、大人と違って子供がプラスチック(柔軟)だからだろうか?


脱出前のジョイにとって「ルーム」の中の世界は、オールド・ニックに強いられた、いわばニセモノで、「外の世界」こそがホンモノである。
が、ジャックのために「外の世界」がニセモノだというフリをしていて、そのフリが本当になってしまうのは、ジャックではなく、実はジョイの方なのだ。

脱出後のジョイにとって「外の世界」は、オールド・ニックに奪われた、いわばニセモノで、ジョイが思い描く「もしオールド・ニックに出会わなかったら」という仮想世界こそがホンモノになる。
つまりジョイは、「ルーム」の中にいても、外にいても、今いる場所がニセモノ(ルーム)で、ホンモノ(世界)は常にその外にあると考える。
一方ジャックはというと、「ルーム」の中にいても、外にいても、今いる場所がホンモノで「世界」なのだ。


脱出前、ジョイは「ジャックのため」に、「ルーム」が「世界」だというフリをしていた。しかし「ジャックのため」というのは口実で、本当はジョイ自身が「ルーム」を耐え抜くために必要なフリだったのだ。

脱出後、ジョイにはフリをする口実がなくなってしまう。彼女にとって「世界」はニセモノ(ルーム)のままにもかかわらず、もはやホンモノのフリをすることができない。それに耐え切れず、彼女は命を絶とうする。


ジョイが救われるには、「ルーム」もまた、ホンモノ(世界)だったと受け入れる他ない。
ジャックは、ジョイを促し再び「ルーム」を訪れる。ジャックは、あまりの変りように、この「ルーム」はホンモノかと訊ねる。ジョイは、どんなに変わり果てていようと(どんなに過酷な世界であろうと)それはホンモノだと答える。そう口にして初めて、「ルーム」にさよならを告げることができ、真に「ルーム」から立ち去ることができるのだ。


ジョイと「ルーム」の関係は、観客と映画の関係に類比的である。観客もまた、映画(ルーム)を映画監督によって語られたフィクション(オールド・ニックに強いられたニセモノ)だと知っている。しかし映画を見ている間(ルームの中にいる間)は、それを知っていて、映画の中で生きるフリ(ホンモノの世界を生きるフリ)をする。
しかし「いつのまにか」そのフリでしかなかったものが、本当になる。
ジョイが、ホンモノのフリでしかなかった「ルーム」もまたホンモノだったと受け入れるとき、観客もまた「いつのまにか」映画の中で生きていたことに気づくのである。



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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2016/04/14(木) 16:59:23|
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著書

プロフィール

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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