撮影監督の映画批評

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「トスカーナの贋作」(アッバス・キアロスタミ)

 ファーストカットおよびファーストシーンがいい。誰もいない講演台の上に、映画のタイトルと同じ英国人作家ジェームス(ウィリアム・シメル)の著作「Copie Conforme」(認証された贋作)と、マイクスタンドが2つ置いてある。タイトルがスーパーインポーズされるあいだずっとその空ショットがつづく。マイクが2つあることで、いずれふたりの人物がそこを占めるのであろうと予想する。しかし、作家の到着が少し遅れていると告げる主催者と、遅れて現れる作家の2人が、それぞれひとりずつその場所を占めるだけである。
 話はファーストカットからラストカットへいきなり飛ぶが、鏡に向かっているのであろう(ということはキャメラ=我々は位置的に鏡=フレームを通してみているのであろう)ジェームスがフレームアウトして、そこに窓枠というフレーム内フレームが残される。そのフレームの中で2つ並んだ鐘が鳴り、エンドクレジットが丁寧にもその窓枠のフレームに縁取られてローリングする。
 2つのマイクスタンドをフレーミングしたファーストカットと、2つの鐘をフレーミングしたラストカットで挟まれた本編は、ジェームスと女(ジュリエット・ビノシュ)の2人をフレーミングしている。
 
 「イタリア旅行」(ロベルト・ロッセリーニ)が引き合いに出されるようだが、なるほどたしかにと思う一方、別の映画が思い出された。「ショック集団」(サミュエル・フラー)である。
 「ショック集団」は、狂人のフリをして精神病院に潜り込んだ記者=主人公が、いつのまにか狂人になってしまう話。狂人とはフレーミングの狂ってしまった人である。つまりフレーミングの狂ったフリが、いつのまにかフリでなくなってしまう話だ。
 映画のフレームは、どのようなフレーミングも許容する。贋作であろうが、本物であろうが、フレーミングされるのだし、夫婦のフリ=演技であろうが、なかろうが、フレーミング=演技されたものである。
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  1. 2011/02/27(日) 23:25:03|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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