撮影監督の映画批評

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「抱擁のかけら」(ペドロ・アルモドバル)

(ネタバレあり)

 脚本家ハリー・ケイン(ルイス・オマール)は、盲目であり、かつてのマテオ・ブランコと言う映画監督であるという映画にとって二重に自己言及的な主人公である。(盲目であることは、逆説的に「見る」ということを問わずにいられないのだし、映画内映画という入れ子は言わずもがな)

 盲目のハリーには、ディエゴ(タマル・ノバス)という青年(息子)が彼の目の代わりをする。
 一方、エルネスト・マルテル(ホセ・ルイス・ゴメス)は、息子ライ・X(ルーベン・オチャンディアーノ)に撮影させたレナ(ペネロペ・クルス)を監視するビデオの聞き取れない音声を、読心術のできる女性を雇いアテさせる。その女が彼の耳の代わりをする。(どちらも息子が目の代わりをすると言っていいかもしれない)
 片や心、片や肉体つまり死別の違いはあれど、過去のマルテルも、現在のハリーも、共にその時点ですでにレナを失っている。そして失った女性の映像を前にして、片や音を奪われ(聾)、片や像を奪われている(盲)のだ。
 マルテルに別れを告げるレナが、上映中にドアを開けその場で、その決定的なセリフを自らアテる。
 ハリーは、再編集した「謎の鞄と女たち」をディエゴらと観る。その最後、レナがドアを開ける。
 
 アルモドバルは、ハリーとマルテルを対照的に描きながら、対照的に描くには同一の枠が必要だと言わんばかりに、同じ枠で描く。であるから男は退屈だと言わんばかりに。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2010/03/27(土) 17:02:10|
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Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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