撮影監督の映画批評

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「クリーン」(オリヴィエ・アサイヤス)

 エリック・ゴーティエによる撮影がすばらしい。(本作にてカンヌ 国際映画祭 撮影賞受賞)
 エリック・ゴーティエ自身によるオペレートかどうかは知らないが、このタイトなフレームでの正確なパンニングに舌を巻いた。もちろんそのパンニングの振り付け=演出が秀逸なのだが。
 この頻出するパンニングをズーミングに置き換えると、ポール・グリーングラスによるボーンシリーズのキャメラワーク及び編集に驚く程似てくる。例えばエミリー(マギー・チャン)に会いにレストランへと向かう義父のアルブレヒト(ニック・ノルティ)の描写などは、もうまさしくそれであってマット・デイモンが演じればそのままジェイソン・ボーンである。
 
 (ネタバレあり)
 エミリーが夫リーとケンカするシーンでも、タイトなフレームが縦横にパンされカットでリズムを刻むのだが、途中成瀬のように突然キャメラは外に出て引きの画でモーテルの一室を闇から浮き立たせる。振り回されるタイトな画の連続に不意に入り込む静謐な引き画。
 そのあとエミリーは一人埠頭へと車を走らせヘロインをうち、車中で夜を明かす。その夜明けの冷たいブルー。
 この暖色から寒色へのコントラストはそのまま後の中華料理屋での雑然とした店内からバックヤードを通り抜けドラッグを吸う地下駐車場の冷たいブルーへと反復される。

 動物園で息子を見失い途方を失っていると、息子が戻ってくる。息子はおそらく自ら立ち去ったのだが引き返して来たのだ。その息子の描写は一切ない。しかし我々観客はそれを埋めることができる、なぜか。
 そのシーンに先だって我々は、義父と待ち合わせたエミリーが息子が会うのを嫌がっていると聞いて一度はその場を立ち去るが、思いとどまり引き返すというシーンを観ているからである。オンとオフで反復される引き返すということ。

 ラスト、遅れて来た悲哀がエミリーを襲うのだが、そこでアサイヤスはエミリーの見た目であるコーヒーだけを単独でインサートする。全く意味のない静物カット。意味のないカットをインサートすることに意味がある。時。そのカットののちエミリーは嗚咽する。
 つづけてバルコニーに出るエミリーをキャメラが受けてフォーローパンし、送り込んだのちにそのままエミリーをリリースして景色へとパンニングしつづけ映画が終わる。
 そのフォローパンのエミリーを受け送り込む間際に、微かに顔が綻ぶのを我々は決して見逃さない。決して見逃さないのにもかかわらず、見逃さなかったことは奇跡としかいいようがない。それが映画ではないだろうか。
 
 
追記
ブライアン・イーノのボーカル曲好きとしてはたまらない。
「息子の部屋」での「by this river」もしかり。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2009/09/18(金) 22:32:33|
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著書

プロフィール

中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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