撮影監督の映画批評

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「ディア・ドクター」(西川美和)

 このキャスティング以外ありえないと観たものに思わせる映画を撮れる事が、欠くべからざる監督の才能のひとつである。
 キャスティングは撮影前になされるものだが、その成否は撮影後にしかわからない。

 さて主人公の伊野に笑福亭鶴瓶を配した本作であるが、「市民ケーン」(オーソン・ウェルズ)を髣髴させる。
 脱ぎ捨てられる白衣は、ケーンの死に際してその手から転げ落ちるスノーボール。
 ペンライトは、さしづめ「薔薇のつぼみ」であろう。
 刑事(記者)が調べる現在と回想が交差して、伊野(ケーン)とはどういう人間だったかが語られる。そしてどういう人間かは結局わからない。
 わかるのは、周りの人々がどのようにみていたかだけである。


 本物の医者を演じる偽医者の伊野を演じるのは、本業は俳優ではない笑福亭鶴瓶。
 刑事(松重豊)のセリフで、周りが本物に祭り上げていたという意味合いのものがあったと記憶しているが、笑福亭鶴瓶もまた周り=観客によって本物の俳優に祭り上げられる。
 その周り=観客を操作するのが監督である。
 俳優を操作するのではなく、観客を操作する。
 当の本人がどうみせるかを演出するのではなく、観客にどうみられるかを演出する。
 
 村長(笹野高史)がいみじくも喝破したように、警察もまた警察手帳を示そうとも映画のなかでは俳優=偽物にすぎない。しかし俳優であることには、医者のように免許はいらない。周り=観客から求められればそれでいいのだ。
 ディア・アクター。
<追記>
 三谷幸喜の傑作舞台「出口なし!」の偽医者(益岡徹)も、ふと思い出した。
 
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テーマ:映画レビュー - ジャンル:映画

  1. 2009/07/10(金) 21:12:10|
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Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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