撮影監督の映画批評

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「世界」(ジャ・ジャンクー)

 オープニングクレジットがのる黒味に「バンドエイドない?」というセリフがズリ上がり、開演前の楽屋裏をバンドエイド求めて歩き回るタオをキャメラは延々フォローする。いたるところで「没有」と首を振られながら、それでも大声で怒鳴る。ようやく貰えたバンドエイドを貼ろうと腰掛けると、ジッパーが上がらないと仲間が邪魔をする。開演を告げるスタッフがダンサーらを急き立て連れて行き、楽屋に一人残されたタオは徐にバンドエイドを貼り、1カットを終える。

 理屈抜きに素晴らしいオープニングである。
 チャオ・タオが、「バンドエイドない?」と歩き回るだけで、それが映画=世界になっている。
 しかし理屈抜きで、理屈抜きの素晴らしさを巧くつたえることができないので、とりあえず理屈っぽく以下に記してみるが、理屈にすらなってないかもしれない。

 映画史に名だたる「黒い罠」(オーソン・ウェルズ)のオープニングの長まわしは、時限爆弾にセットされた時間に引き延ばされて、キス=爆破とともに1カット目を終えた。
 タオの繰り返される「バンドエイドない?」という声と楽屋の喧噪は、ヘンリー・マンシーニによる「黒い罠」のパーカッションやメキシコ国境の喧噪に比うべきサウンドトラックであるし、バンドエイドを貼る=開演は、キス=爆破に比肩する。
 どちらもカットが、ボーダー(舞台/舞台裏、アメリカ/メキシコ)を跨ぐ。
 映画=世界は、異質なもの(舞台/舞台裏、アメリカ/メキシコ)どうしを接着(バンドエイド、キス)し、それを展開(開演、爆破)する。
 

故郷についての3本の作品を撮り終えて、僕は今回初めて自分の映画美学の場を、小さな 町から大都市へと移してみました。そして、僕にとっての“世界”とは、抽象的な概念で はなく、町の片隅そのものなのだと確信しています。  (公式サイトより「Director's Notes」)

     
 北京を出ないで世界を回れる世界公園を、我々は日本を出ないで映画館で回ることができるのだが、そこで我々が見る世界は、北京を出ないで回ることのできる世界ではなくて「世界」なのだ。
 
 
 
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  1. 2009/06/01(月) 23:35:25|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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