撮影監督の映画批評

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「彼岸花」(小津安二郎)

 佐々木初(浪花千栄子)が、平山家を訪れる。応対した家政婦に「これ、つまらんもんでっけど」と、お土産を渡す。丁重に礼をし受け取る家政婦に「あんたやおへんで、おうちへどすえ」と言い添える。もちろん家政婦は重々承知している。
 初は清子(田中絹代)相手に散々しゃべくりたおした挙げ句、手洗いに中座する。その廊下に逆さ箒(長居する客に早く帰って欲しいときにするまじない)を見つけるが、意に介すことなくその逆さ箒を直す。
 人にはわかっているべきだと要求し、わかっていないのは当の本人であるのは、初であり、平山渉(佐分利信)である。それゆえ二人は周囲の人々からニュアンスは違えど、あしらわれる。
 陽気な初と陰気な平山とでは、結婚式と葬式くらい違うのだが・・・

 結婚式から帰宅し、明日の告別式もモーニングにするかと尋ね、黒の背広でいいと答える平山に、清子は「モーニングだってまごつくわよ、今日おめでたで、明日お弔いじゃ」と言う。これは「秋刀魚の味」の結婚式帰りの平山(笠智衆)が、葬式の帰りかと聞かれ、「まあ、そんなもんだよ」と答えるのと同型である。
 若松で飲む平山らのところに、女将(高橋とよ)がやってきて挨拶をし「(新婦の父に)でも、お寂しくなりますわね、お嬢様お片付きになると」と言う。これは「東京物語」で連合いに先立たれた平山(笠智衆)のところに、隣家の細君であるこれまた高橋とよがやってきて挨拶をし「お寂しいこってすなぁ」という光景と瓜二つである。
 
 と、いうように小津作品にあって結婚式と葬式は交替可能である。
 そう、「矛盾の総和が人生」なのだ。
 二者択一なのではない。金か真鍮かではない。
 「真鍮を金にする」のだ。(もちろん金を真鍮にするのだっていい。なぜなら金か真鍮かの二者択一ではないから)
 今日おめでたのモーニングが明日弔いのモーニングになるのだ。(まごつくモーニング)
 結婚することはないと言っていた平山が、するほうがいいと言う平山になるのだ。(まごつく幸子〔山本富士子〕)

 芦ノ湖でボートにのる娘二人に手をふる夫婦は、もちろんここから見ているよという意味で手をふっているのにもかかわらずそれは、小津にあって予期された別離、さよならと手をふっているかのように見える。
 ここだよと手をふることが、さよならと手をふることになるのだ。(まごつく我々)
 
 
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テーマ:DVDで見た映画 - ジャンル:映画

  1. 2009/05/07(木) 01:52:29|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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