日本一鏡像の好きなキャメラマンを自称する以上、鏡をテーマにした映画を観にいかないわけにはいかない。というわけで・・・。
なぜか鏡に映したかのごとく似た映画が立て続けに公開されることがある。
「ミラーズ」と「ブロークン」(ショーン・エリス)
「無ケーカクの命中男」(ジャド・アパトー)でも劇中指摘されていたが、
「ダンテズ・ピーク」(ロジャー・ドナルドソン)と「ボルケーノ」(ミック・ジャクソン)
「ターミナル・ベロシティ」(デラン・サラフィアン)と「ドロップ・ゾーン」(ジョン・バダム)等々。
さて本作は、ユ・ジテ主演の「Mirror 鏡の中」(キム・ソンホ)のハリウッド・リメイクであり、かなり改変されている。なかでも舞台となるデパートが、オリジナルでは火災からの再オープンを待つ新しいビルディングなのに対し、リメイクでは火災後そのまま放置された廃墟になっている。この廃墟は一見おどろおどろしく感ぜられるが、実は「ミラーズ」でも妹が殺されるアパートや、家族らが住む一軒家での展開の方が怖い。日常どこにでもある鏡の方が、廃墟にある鏡より怖いのだから、この改変はさして成功していないように思う。
次に主人公が乗り越えるべきものが、オリジナルでは間違って鏡に映った犯人を撃ったが為に人質であった同僚を結果殺させてしまったという過去なのに対し、リメイクでは同僚を殺してしまったまでは同じであるが、それゆえアルコールに溺れ家族の絆を失ってしまったことにある。
それゆえ「ミラーズ」では、家族を守ることが主人公が為すべきことになる。
そこでベン(キーファー・サザーランド)は、家中の鏡という鏡を廃棄したり、ペンキで塗りつぶしたりして家族を守ろうとする。決して外に出てはいけない。なぜならどこにでも鏡があるから。うつるもの全てを覆ったのだから家の中が一番安全だと。
まるで「耳なし芳一」である。経文が書き落とされた芳一の耳だけが宙に浮いていたように、どこかに覆い忘れたうつりがあって・・・と、そのようなサスペンスであるべきではなかったか。残念ながら、いつのまにか床が水浸しになっていてそこら中うつりだらけになる。
鏡の中と手前で動きがずれるのは、「ブロークン」でも、もちろんオリジナルである「Mirror 鏡の中」でもやっていた。映画が面白いのはこれと同じ構造の表現を、ギャグとしても許容するからだ。
ドリフのコントの元ネタでもあるマルクス兄弟の「我輩はカモである」(レオ・マッケリー)の偽鏡でも、シンクロしつつズレはじめ挙げ句の果てには、鏡の中の人物と入れ替わるのだし、「フライングハイ」(ZAZ)でも、鏡の中からロバート・スタックが出てくるギャグがあるのだから。
なぜか鏡に映したかのごとく似た映画が立て続けに公開されることがある。
「ミラーズ」と「ブロークン」(ショーン・エリス)
「無ケーカクの命中男」(ジャド・アパトー)でも劇中指摘されていたが、
「ダンテズ・ピーク」(ロジャー・ドナルドソン)と「ボルケーノ」(ミック・ジャクソン)
「ターミナル・ベロシティ」(デラン・サラフィアン)と「ドロップ・ゾーン」(ジョン・バダム)等々。
さて本作は、ユ・ジテ主演の「Mirror 鏡の中」(キム・ソンホ)のハリウッド・リメイクであり、かなり改変されている。なかでも舞台となるデパートが、オリジナルでは火災からの再オープンを待つ新しいビルディングなのに対し、リメイクでは火災後そのまま放置された廃墟になっている。この廃墟は一見おどろおどろしく感ぜられるが、実は「ミラーズ」でも妹が殺されるアパートや、家族らが住む一軒家での展開の方が怖い。日常どこにでもある鏡の方が、廃墟にある鏡より怖いのだから、この改変はさして成功していないように思う。
次に主人公が乗り越えるべきものが、オリジナルでは間違って鏡に映った犯人を撃ったが為に人質であった同僚を結果殺させてしまったという過去なのに対し、リメイクでは同僚を殺してしまったまでは同じであるが、それゆえアルコールに溺れ家族の絆を失ってしまったことにある。
それゆえ「ミラーズ」では、家族を守ることが主人公が為すべきことになる。
そこでベン(キーファー・サザーランド)は、家中の鏡という鏡を廃棄したり、ペンキで塗りつぶしたりして家族を守ろうとする。決して外に出てはいけない。なぜならどこにでも鏡があるから。うつるもの全てを覆ったのだから家の中が一番安全だと。
まるで「耳なし芳一」である。経文が書き落とされた芳一の耳だけが宙に浮いていたように、どこかに覆い忘れたうつりがあって・・・と、そのようなサスペンスであるべきではなかったか。残念ながら、いつのまにか床が水浸しになっていてそこら中うつりだらけになる。
鏡の中と手前で動きがずれるのは、「ブロークン」でも、もちろんオリジナルである「Mirror 鏡の中」でもやっていた。映画が面白いのはこれと同じ構造の表現を、ギャグとしても許容するからだ。
ドリフのコントの元ネタでもあるマルクス兄弟の「我輩はカモである」(レオ・マッケリー)の偽鏡でも、シンクロしつつズレはじめ挙げ句の果てには、鏡の中の人物と入れ替わるのだし、「フライングハイ」(ZAZ)でも、鏡の中からロバート・スタックが出てくるギャグがあるのだから。
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