撮影監督の映画批評

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「八月のクリスマス」(ホ・ジノ)

 DVDにて再見。
 glasses(ガラス、眼鏡、鏡)の映画。
 ジョンウォン(ハン・ソッキュ)とタリム(シム・ウナ)の出会いは、店先のガラスのうつりの中でなされる。にべもない対応の後、表で佇むタリムをガラス越しに見たジョンウォンは、彼女のもとへ赴き非礼をわびる。
 タリムもまた、子供たちと店先で戯れるジョンウォンをガラス越しに見つめることが契機となって彼を意識しはじめる。
 彼らの恋は、ガラス越しに見ることではじまる。そしてそのガラスが常に彼らを隔てる。

 写真館を訪れた大家族のお婆さんに、眼鏡を外してはどうかと提案する。一度は外してみるものの、やはりかけてたほうがいいようですねと前言撤回する。夜になって再びそのお婆さんがやってきて、もう一度撮り直してほしいと言う、葬式の写真にしたいのだと。
 ジョンウォンは再び眼鏡を外すことを勧め、今度は外したほうがずっといいと昼間の前言撤回を撤回する。

 ジョンウォンは、タリムの前ではガラス=眼鏡を外さない。
 ジョンウォンが居眠りしているところへタリムがやってきた時も、目覚めるジョンウォンに、まるでガラスを隔ててでなければ出会えないかのごとく、急かすように眼鏡を手渡す。
 
 でありながら、ジョンウォンはお婆さんに眼鏡=ガラスを外させるのだし、タリムもまた2人を隔てる店のガラスを石を投げ割ってしまう。このアンビバレントな感情。

 退院したジョンウォンが喫茶店のガラス越しにタリムを見つける。そのジョンウォンの表情に繋げられるタリムのカット。その見た目のタリムの画に不意にジョンウォンの手がフレームインしてきて、それがガラス越しであったことに気づかされる。ガラス越しの別れ。

 自身の葬式の写真を撮るジョンウォンは、眼鏡=ガラスを外さない。外さないことが全てを語っている。ガラス越しのままの恋。

 タリムの姿に不意にフレームインするジョンウォンの手は、そこにガラスがあることを意味するが、我々観客にとっては、スクリーンの存在をも喚起させる。
 2人を隔てるガラスは、観客と映画を隔てるスクリーンであり、キャメラのレンズというガラスである。
 2人がガラス越しに愛し合ったように、我々もスクリーン越しに映画を愛する。
 
 
 
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2008/10/26(日) 20:07:09|
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著書

プロフィール

中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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