撮影監督の映画批評

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「その土曜日、7時58分 」(シドニー・ルメット)

(ネタバレあり)

 映画は、複数の視点からその都度描き直される。両親の宝石店を襲う「その土曜日、7時58分」もその都度それぞれの視点で通過されるが、例えば「バンテージ・ポイント」(ピート・トラヴィス)のようにその都度そこにリワインドされる大統領狙撃事件ほどの求心力はない。
 別視点で語ることで明らかになる事件の真相などというものはさしてないからだ。
 いわゆる「羅生門スタイル」というものとは、ちと違うらしい。
 しかし、離心的な家族の成員それぞれの事情をバラバラに描写するだけと思われた複数の視点が、ある場所に集約される。実家の庭だ。
 まず、庭に面する部屋でジーナ(マリサ・トメイ)の携帯が鳴る。義父チャールズ(アルバート・フィニー)もいるし、アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)に呼ばれているからと、早々に電話を切る。アンディとチャールズは庭へと出て行き、そこにあるベンチに座る。その二人の姿は、庭に面した窓に縁取られるジーナの視点で見せられる。
 次にハンクの視点で、ジーナの携帯に電話をかけたのはハンクだったとわかる。先に見せたアンディの世話女房然とした姿は見せかけにすぎない。泣きつくハンク。隠されていたハンクとジーナの姿。
 最後に、先程二人並んで座る姿が矩形の窓に縁取られ親子然としたものとして見えた当の二人。そこで語られる会話。隠されていたアンディとチャールズの姿。

 離心的な家族の成員が、離心的なまま一所に集められ、それゆえ互いの斥力は臨界に達し再び離散する。羅生門スタイルが描いているのは、「その土曜日、7時58分」におこる事件のバンテージポイント(有利な観点)ではなく、家族のクリティカルポイント(臨界点)としての庭での出来事なのだ。


 チャールズが、妻ナネットの延命措置を打ち切ったように、アンディもまた彼の手で逝く。
 その際、チャールズが心拍計を自らの胸に付け替え、死にゆくものの消えゆく心拍ではなく、さして激しく打つこともない自らの心拍を聞きながら息子を手にかける。心拍がさしてあがらないだけに際立ちはしないけれど、だからこそ迫るものがある。
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テーマ:ミニシアター系 - ジャンル:映画

  1. 2008/10/16(木) 20:15:55|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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