撮影監督の映画批評

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「幸福の条件」(エイドリアン・ライン)

 不在を見せるには、どうすればいいだろうか?

 ダイアナ(デミ・ムーア)がデイヴィッド(ウディ・ハレルソン)のもとを去り、彼女のいない家で一人、デイヴィッドは悲嘆に暮れる。
 映画は、デイヴィッドを苦しめる彼女の不在をポジティブに提示しなければならない。いないことが迫ってこなければならない。いないだけでは足りないのだ。
 かつてあった過去をフラッシュバックとしてポジティブに提示し、その過去=存在のネガティブとして現在=不在を際立たせるのは、この場合の正攻法と言えるだろう。
 「幸福の条件」も、8ミリで撮影されたフラッシュバックを使用している。
 しかし、その場合ポジティブに見せられるのは、フラッシュバックであって不在ではない。
 不在そのものをポジティブに見せることはできないのだろうか?

 映画の冒頭我々は、テーブルの上に靴を置くデイヴィッドをダイアナが怒鳴り散らす睦まじい夫婦喧嘩を見せられる。そしてダイアナに去られ一人暮らすデイヴィッドは、無意識のうちにまたテーブルの上に靴を置いている。そのテーブルの上の靴にふと気がつくデイヴィッド、感慨の後、テーブルからおろす。
 テーブルの上に置けてしまう靴。
 それができてしまうことは、それを禁ずる人の不在そのもの。
 テーブル上の靴のポジティブな存在が、彼女の不在をその場で見せている。

 「アバウト・シュミット」(アレクサンダー・ペイン)も同じく不在をポジティブに見せていた。妻に先立たれたシュミット(ジャック・ニコルソン)が、便座に座らず小便をするシーンがそれだ。
 生前の妻が便座に腰掛けて小便しなさいと命じていたことは、前もって知らされている。であるから、立ったまま小便ができてしまうことは、それを禁ずる妻の不在そのものを物語っているのだ。

 かつてできたことが、不在の為にできなくなることも、不在を物語はするだろうが、できないことはネガティブである。
 かつてできなかったことが、不在の為にできてしまうことは、できてしまうポジティブなネガティブ=不在なのだ。

 以前のエントリーでも触れたが、「アメリカン・ビューティー」(サム・メンデス)では会話がないこと(会話の不在)を、ポジティブに物語っている。それは決して、登場人物に「会話がないね」と説明させるセリフの存在=ポジティブではない。
 フィッツ大佐(クリス・クーパー)の家族3人が、ソファに横一列に座り無言でテレビを見ている。確かに会話はないが、その会話のなさがこのシーンの伝えたい意味として立ち上がるには、会話のない状況をどれだけ見続ければいいのか?会話がないことを伝えるそれだけの為に長々と見せ続けるわけにはいかない。かような次第で、不在をポジティブに語る必要がある。
 母親が口を開く「今何か言った?」「(返事)いや」「あ、そう」、再び沈黙。
 
 
 


 
 

 
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テーマ:洋画 - ジャンル:映画

  1. 2008/08/30(土) 00:20:49|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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