撮影監督の映画批評

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「武士の一分」

1)意識の戻った三村新之丞(木村拓哉)は、目が見えなくなっていることにも動揺の色を見せず、加世(檀れい)を心配させまいとその事実を伏せる。

2)新之丞に詰め寄られ、失明の事実を隠し通せず白状してしまったと徳平(笹野高史)から聞いた加世は、不快なおもいをさせて申し訳なかったと新之丞に謝る。
 新之丞は、自分の為によかれと思ってしてくれたことなのだし、つらいのは自分よりも加世の方なのだから、気にしなくていいと言う。
 しかし、1)の時と違い、言っている内容とその態度は遠く隔たっている。
 こうあらねばならぬという予め用意されていたかのようなセリフと、その内容を信じてはいけないとでも言いたげな態度。
 苛立ちながらも、静かに一人にしてくれと告げる新之丞。
 つまり一人にしてくれるなと叫んでいる。
 額面どおり受け取らざるをえない加世はその場を退出し、残される新之丞。
 秀逸なのは、そこにオフで聞こえてくる徳平と加世の風呂が焚けたかだのどうのという、どうでもいいやりとり。
 それを聞いた新之丞は、茶碗を投げ捨てる。

3)刀の在処に託つけて憤りを爆発させる新之丞。

 1)?3)を経ることではじめて、新之丞は失明を受容できる。
 失明の苦しみを描いているには違いないが、それは経験したものにしかわからない。ここではそれを、誰もが経験する理想と現実の乖離に苦しむ姿として描いている。そうすることで、失明の経験など持たない観客に、自己投影させ共感を引き出すことに成功している。
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テーマ:邦画 - ジャンル:映画

  1. 2008/08/19(火) 19:52:08|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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