撮影監督の映画批評

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シークレット・サンシャイン

密陽

(ネタバレ注意)

 フロントガラス越しの青空から映画は始まる。続くカットで、それはシネ(チョン・ドヨン)の息子が助手席から見ている空だとわかる。車外に出たがらない息子をひっぱりだすシネだが、駄々をこねる息子はその場に横たわる。そんな息子を叱りつけ河原まで降りる親子、亡くなった夫の故郷へと引っ越してきた。お父さんはいないのにと訝る息子。

 次にフロントガラス越しの空が現れるのは、警察車両の助手席からシネの見た目として。警察に促され、躊躇いがちに外にでるシネ。冒頭で先取りされている息子の横たわる姿をここで見せる必要はない。息子が殺されていることを知らされているはずのシネが、車から出るのを躊躇うのは、父親がいないのに父親の故郷に行かなければならない息子の戸惑いと同じく、息子はもうこの世にいないのに息子の死体がある現場に行かなければならないから。

 息子は、死んだ父親の鼾の真似をして父親を想う。息子が亡くなって、死んだ父親の鼾の真似をする息子を真似して、息子を想い涙するシネ。

 火葬場の外で涙を流さないと難詰されるシネ、それを見ていたジョンチャン(ソン・ガンホ)があんまりだと家族に抗議する。カメラはそれをフォローして当のシネはフレームアウトする。容喙される筋合いではないと去って行く家族、フレームに一人残されるジョンチャン、やるせなくタバコをとりだしその場にしゃがみこみシネの方を一瞥する。カットが変わって、いつの間にかジョンチャンと同じようにしゃがみこんでいるシネただ一人(ジョンチャンのそれと同じ構図)、そこにジョンチャンがフレームインする。思わず溜息がこぼれる美しいシークエンス。

 シネが通う教会に、足繁くやってくるジョンチャンを詰問する、なぜ来るのか?
 神様を信じているからだと答えるジョンチャン。
 他の目的があるのではないかと問いただすシネ。
 否定するジョンチャン、信仰の為だ。
 神に誓ってそうだと言えるか?と問うシネ。
 答えられないジョンチャン。
 
 神に誓うことができないということが、何よりも神を信じているという証拠なのであって、ジョンチャンは自分でも知らないうちに神を信じ始めている。
 シネが面会に行くのを、許すのであれば会う必要はないのではないかというジョンチャンは正しい。許すとは執着をなくすことなのだから。
 「許してやるー許してもらう」という構図にとらわれ、それによって相手を組み敷くことを無意識に望むシネ(意識せず信仰をもったジョンチャンとは対称的)が、毀れてしまうのは当然の帰結。



 さて、密陽、秘密の陽射しとはなんなのであろうか?



 薬局で見えないものを信じない人だと指摘され、見えるものも信じないと答えるシネ。
 見えないものもこの世にはあるのだと言われたとき、見えないのは息子の姿。
 
 見えるものも見えないものも信じないシネが、最も信じたくないのは夫に愛されていなかったこと。信じたくないシネは、愛し合っていたというフリをする。なぜなら、それを(自分も含め)信じる人がいるからだ。だから、知り合いのいない夫の故郷に引っ越してきたのだし、それを言いふらし他人にも認めてもらいたがった。
 見えるものも見えないものも信じないシネでも、フリをすることで信じる人がいることは信じているのだ。
 息子が隠れているのを悲しむフリをして誘いだすのも、そのフリを息子が信じることは信じているからだ。
 シネが信じているのは、他人の視線、他者の眼差しである。
 だから、ジョンチャンを俗物だと非難しながら自らが最も俗物なのだ。



 薬局で陽射しにも神様がいると言われたとき、陽射しに手を持っていって、何もない、ただの陽射しだと反論するシネは、それとは知らず正解を口にしている。


 そう、そこには何もない、ただスクリーンに反映する光があるだけだ。シネも薬局のおばさんもその背景も、スクリーンに投射された映写機の陽射しにすぎない。
 その映写機の陽射しは、カメラの眼差し=観客の眼差しでもある。
 シネが信じる、フリ=演技をすることで信じる人とは、他者であり、観客でもある。
 それが証拠に、シネが隠れている息子を騙そうと心配するフリ=演技をしたとき、それに騙されるのは息子だけでなく観客もではなかったか。
 陽射しとは、眼差しのことであり、秘密の陽射しとは、観客の眼差しのことである。つまり映画そのもののこと。
 秘密の陽射しは、映画内の登場人物が知ってはいけないから秘密なのだ。映画の登場人物は決してカメラレンズを見てはいけない。なぜなら映画という虚構が瓦解してしまうから。
 それゆえ、薬局の主人を誘惑し仰向くシネが、カメラ目線に限りなく近く、あたかも観客に問うかのごとく、よく見えるかと聞いた後、吐き気を催すのはその罰としてなのだ。
 


 
 
 


 
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テーマ:ミニシアター系 - ジャンル:映画

  1. 2008/06/10(火) 00:40:39|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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