撮影監督の映画批評

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殯(もがり)の森 人と人を繋ぐパン

もがりのもり

 パンが人を繋いでいる。冒頭の点描が終わって、ドラマが動き始めると全編このリズムで、ふと入る引きのフィックスの画がアクセントになっている。
 パンとカットのリズムは心地よく、的確である。(和歌子と真千子が車の中で会話するシーンは、あまりうまくいってなかったように思うが)
 人と人、手と手を繋ぐパンと対称的に、真千子(尾野真千子)と夫(斉藤 陽一郎)が対峙するシーンでは、パンを使わない。二人は繋がってないからだ。真千子は、そっぽを向いて黙っている。カメラは真千子のプロフィールを捉えているので、表情は窺いづらい。しかし広く開いた襟刳りと横を向いていることで、首筋から鎖骨にかけてのラインが浮き上がる。夫の叱責に反応する首筋の動き。美しい。

 茶畑でしげき(うだ しげき)が投げた帽子の行方を追うカメラ、ふり戻すとそこにしげきはいない。かくれんぼが開始されたのだ。挟まれる引きの画といい、このシークエンスは素晴らしい。

 しげきの妻、真子(ますだ かなこ)との連弾のイメージは悪くないのだが、真子のハケが良くない。逃げるようにフレームアウトされては、興醒めだ。その直後にしげきが遺影を見ているのも、どうだろうか。わかりやすいけど。

 田んぼ道を車で颯爽と去って行く引き画の直後に、すでに脱輪している画に繋ぐところは、北野武の映画を髣髴させ、こんなこともするのかと感心した。

 しげきが幻の真子と踊るカットの後に、それが見えているとしか言えない表情で見ている真千子に繋ぐのは巧い。見えてるにしても見えていないにしても、その答えになるような、つまり真千子のPOVとしてのカットを次に繋ぎがちだが、そうしていないのは流石。

 ラスト、かざしたオルゴールにカメラがパンアップして、再び真千子の顔にパンダウンすると、泣いていた真千子が笑っている。この映画が描いてきたことがこのパンの往復に集約されている。見事。

 
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テーマ:ミニシアター系 - ジャンル:映画

  1. 2007/07/23(月) 01:51:12|
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著書

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中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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