撮影監督の映画批評

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無料でDCP(デジタルシネマ・パッケージ)をつくる。

今回は映画批評ではなく、DCP(デジタルシネマ・パッケージ)の作成方法を紹介。

小規模映画、ましてやインディペンデント映画になると、上映の際、DCP変換にかかる費用が捻出できず、Blu-rayでの上映という残念なことになってしまうことがあると思われる。しかし、Blu-rayですらオーサリングに某かの費用がかかるのに対し、DCPであればフリーソフトを使用し完全無料で作成することができるのだ。グレーディングからDCPまで一貫してカラーマネジメントされた工程を踏めるのであれば、それに越したことはないが、そうでないなら以下の作業で作られたDCPがクオリティにおいて劣るわけではないので、同じだろう。

DCP作成のフリーソフトで、よく知られているのはOpenDCPだと思う。OpenDCPを使った作成方法は、こちらの記事(4K漂流記〜東京藝大における事例・第4回)に詳しい。
また、そもそもDCPとは何ぞやという方は、こちらを。(DCP基礎知識 - 東北芸術工科大学

この記事では、DCP-o-maticというフリーソフトを使った作成方法を紹介したい。個人的にはOpenDCPよりも便利で簡単だと思う。

まず用意するのは動画ファイルと、音声ファイル。具体例があるとわかりよいので、最近DCP変換した作品を例にとって説明しよう。
元素材は、SONY α7Sで撮影、ATOMOS SHOGUNにて収録し、編集にてシネマスコープサイズ2.39:1(DCPのScopeサイズ2.39:1に合わせている)にクロップ、一部素材は4K収録ながら、2Kにて仕上げている。
グレーディングの後、ProRes422HQにて書き出し。これが動画ファイル。
音声ファイルは、ダビングの後、5.1ch、それぞれ1chずつわけて計6つのWAVファイル(48kHz 24bit)として受け取っている。

注意しなければならないのがフレームレートで、α7Sの場合、23.98fpsでの収録になるので、編集上で24.00fpsに変換してやるか、WAVファイルを23.98fpsで書き出してもらうかして双方のレートを揃えなければならない。DCPは24.00fpsなので、24.00fpsで撮影できるキャメラであれば、端から24.00fpsで撮影した方がいい。
今回はα7Sが24.00fps収録できないので、WAVファイルを23.98fpsで書き出してもらった。

1)まず動画ファイルをAdd file(s)...をクリックして追加すると次のような画面になる。

dcp1

デフォルトのContainerがFLAT(1.85:1) 1998×1080になっているので、FullHD 1920×1080を上下クロップした素材は上のようになる。
この作品はシネマスコープサイズ(2.39:1)なので、①DCPタブを選択し、②ContainerでScope(2048×858)を選択する。

dcp2

次にContentタブに戻って、上下の黒味をクロップする。そもそもその黒味は編集時にFullHD 1920×1080を見かけ上2.39:1=1920×804にするために上下に足したものだ。③Top crop/Bottom cropをそれぞれ138px/138pxとし、Cropped to 1920×804となるようにする。
そして④Scale to Scopeとして左右をContainerに合わせる。

dcp3

Colour conversionに関してはRec.709にしておけば問題ないだろう。

DCPタブ内のファイル名に関しての説明は割愛。
JPEG2000 bandwidthに関しては、MAX 250Mbit/sまであげることができるが、プロジェクターによっては問題が報告されているようなのでデフォルトの200Mbit/sが推奨されている。
Standardに関しては、デフォルトはSMPTEだが、古いプロジェクターだと読み込まない場合があるのでInteropにしておくといい。

次に音声ファイルを読み込み、Audioタブ内でそれぞれチャンネルを割り当てる。

dcp4

最後に、もし頭にリーダーがついている場合、DCP化に伴い、それを取り除かなければならない。Timingタブ内で、開始したい位置のタイムコードをTrim from startに入力、Setしてやればいい。

あとはJobsからMake DCPを選択すれば、できあがるのを待つだけである。

できあがったDCPが本当に再生できるのか簡易的に確認したい場合はどうすればいいか。
タダでということであれば、MacならeasyDCPplayerのトライアル版、あるいはDoremi CinePlayerの評価版で、時間制限はあるが見ることはできる。
WindowsならdcpPlayerFreeで時間制限なしで確認できる。

さて厄介なのは、DCPプレイヤーにデータをインジェストするのにHDDにコピーしなければならないのだが、DCPプレイヤーが受けつけるファイルシステムがext2、ext3とLinuxのものであることだ。Mac、Windows(NTFSならインジェストできるものもあるが......)のファイルシステムでは受け付けてくれない。
私はMacユーザーなのでVirtualBoxに、Ubuntuをインストールし、GPartedでHDDをext3にフォーマットしてDCPデータをコピーしている。これも全てタダだが、ちょいと面倒ではある。


DCP変換/オーサリングで、お困りのようでしたら相談に乗ります。左記メールフォームよりお問合せください。以上のようなことなので、どこよりも安く対応いたします











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  1. 2015/10/31(土) 21:22:23|
  2. 撮影TIPS
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「時を超える青春の歌 作詞家・松本隆の45年」

SONGSスペシャル「時を超える青春の歌 作詞家・松本隆の45年」という番組を見た。

そこで松田聖子の「瞳はダイヤモンド」(作詞: 松本隆 、作曲: 呉田軽穂、編曲: 松任谷正隆)がかかっていたのだが、今日のこの時までその歌詞「いつ過去形に変ったの?」を「いつか固形に変ったの?」と勘違いして記憶していたことに気づいてしまった。
というか、歌詞をそこまで気にしていなかったのだと思う。とにかく「過去形」という分節より「いつか」という分節でイメージしていたのだろう。

歌詞のなかで過去形に変ったのは、「愛してたって言わないで…」と出だしにあるとおり愛なのであるが、私にとってはその瞬間「固形」が「過去形」に変ったのである。
そして「いつ過去形に変ったの?」といわれれば、番組を見ていて気づいてしまったその瞬間なのだが、もちろんその歌詞はつねにすでに「過去形」であって「固形」であったためしは一度もないのだ。
振り返って気づいたときには、いつのまにかもうすでに過去形なのである。

番組の中で松田聖子初の失恋ソングだと言われていたが、意図して恋に落ちることができないように、意図して心が離れることもない。恋に落ちるのも、失恋するのも、つねにすでになされたあとに振り返って「いつ過去形に変ったの?」と問う他できないのである。

「いつ過去形に変ったの?」というこの距離感がドラマであるし、映画もまたそれを描かなければならない。と、無理矢理映画にこじつけて終わりにする。
  1. 2015/10/31(土) 02:39:05|
  2. 未分類
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ジョン・ウィック(チャド・スタエルスキ)

『ジョン・ウィック』は、復讐劇のフォーマットを借りてはいるものの、全く別物である。
本来復讐劇であれば、致命的な欠陥であるはずの動機の弱さが『ジョン・ウィック』を魅力的にしているのだ。

妻を殺されたわけでもなく、車を盗まれ犬を殺されただけのジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)に、ロシアンマフィアを皆殺しにするだけの動機は乏しい。せめて犬とのエピソードがある程度描かれていれば、納得できなくもないが、いかんせんそれもない。
復讐譚のカタルシスは、主人公とわれわれ観客に無力感を共有させることが必須で、主人公の行動が先送りされればされるだけ、いや増す。
しかし『ジョン・ウィック』では、観客が主人公と切歯扼腕する機会は奪われていて、さっさと復讐に向かうジョンに観客は置いてけぼりにされるのだ。
そもそも復讐劇として成立させるなら、犬ではなく妻が殺されたことにすればいい。

置いてけぼりにされた観客が次に気づくのは、ヨセフとその取り巻き連中以外の誰もがジョンのことをよく知っていて、(決して誇張ではなく)誰もがジョンの行動に納得していることだ。つまり、ヨセフとその取り巻き、そしてわれわれ観客だけが知らないのである。
この伝でいけば、観客が感情移入すべきはヨセフらということになる。が、もちろんこのようなクズに感情移入などしたくもないし、できない。なぜなら観客は、ヨセフらと同じくジョンのすごさを知らないが、ヨセフらとは違ってジョンのすごさを見くびらないからだ。
つまり観客はここで、ジョンのすごさを(知らないくせに)認めざるをえないのである。
あとは「ほらみたことか、言わんこっちゃない」とジョンの活躍を見ていけばいい。

十秒毎に手をたたくのをひたすら繰り返す奇妙な男がいた。なぜそんな変わった事をするのかと尋ねると、彼は
「象を追い払うためさ」と答えた。
「象をですか?でも、どこにもいないじゃないですか」と聞き返すと、すぐさま彼は
「そのとおり。見たとおり僕が追い払っているから、ここにはいないのさ。でも、象たちがここへ二度と戻らないようにするためには、こうやり続けなくちゃならないわけだ」と答えた。

『悪循環の現象学―「行為の意図せざる結果」をめぐって 』(長谷正人)


十秒毎に手をたたく効果を知らないのは、ヨセフらと、われわれ観客である。そしてわれわれ以外の誰もが十秒毎に手をたたいているのに接して、理由はわからないが十秒毎に手をたたき、その効果に感心するのがわれわれ観客である。
これは自己成就的予言といわれるもので「たとえ誤った認識や先入見であっても、それを信じて人々が行為すれば、それは本当のことになる」のである。

復讐は映画にとってもジョンにとっても口実にすぎない。先に述べたように復讐劇ではアクションは出来る限り抑制されなければならない。しかし作り手チャド・スタエルスキも、主人公ジョンも、純粋なアクションをやりたい/昔のように殺人衝動を満足させたいのである。
ゆえに復讐劇としては成立していないのだが「たとえ誤った認識や先入見であっても、それを信じて人々が行為すれば、それは本当のことになる」のである。

いつのまにか。



  1. 2015/10/24(土) 16:37:32|
  2. 映画感想
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著書

プロフィール

中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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