撮影監督の映画批評

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「映画は映画だ」(チャン・フン)

 ジョン・バダムの超名作「ハード・ウェイ」のキム・ギドク版。
 「ハード・ウェイ」では、ハリウッドスターが役づくりのリアルを求めて本物の刑事と捜査をともにする。
 「映画は映画だ」では、映画俳優のスタ(カン・ジファン)がリアルを求めて本当に殴り合えるヤクザのガンペ(ソ・ジソプ)と共演する。
 かたや俳優が本物の方へ、かたや本物が映画の方へと、ベクトルの違いはあれど、どちらも目指しているものは、映画のリアル。

 しかしスタとガンペが本当に殴り合って撮影されるアクションシーンもまた、チャン・フンによって撮影されているものであるからカン・ジファンとソ・ジソプが実際に殴り合っているわけではない。
 殴り合っている演技と、実際の殴り合いを映画で撮影する以上それらはそれぞれ、殴り合っている演技をしている演技と、殴り合っている演技にバックシフトされる。

 さて、殴り合っている演技をしている演技と、殴り合っている演技を隔てるものはなにか?
 殴り合いの演技をしている演技などない。どちらもただの殴り合いの演技である。
 それをかたやリアリティに欠け、かたやリアルだとするのはそこに、劇中の監督をはじめスタッフの顔があるからだ。クレショフ効果。映画は映画だ。

 殴り合いの演技をしているのも、実際の殴り合いも、どちらも殴り合いの演技でしかないのであれば、ここで奇妙な顛倒が生じる。つまりリアルであるのは、実際の殴り合いとされている方ではなく、殴り合いの演技をしている方なのだ。なぜなら殴り合いの演技をしている演技とは、殴り合いの演技であるから。
 ガンペが舎弟と殴り合いの映画ごっこをしているシーンの生々しさは、それゆえ最も感動的なのである。映画は映画だ。

  
 ガンペは劇中の監督にダメだしされる、目を痙攣させて睨めと。テイクは積み重なるが、うまくできない。ラスト、現実の世界でガンペの目が痙攣する。
 本物が偽物をなぞる顛倒。映画は映画だ。
 

 
 
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テーマ:韓国映画 - ジャンル:映画

  1. 2009/03/30(月) 23:32:22|
  2. 映画感想
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「チェンジリング」(クリント・イーストウッド)

 およそ2ヶ月、映画を観ることができなかったので、帰国してまず何を観るかは本来難題になるはずだが、クリント・イーストウッドの「チェンジリング」が公開されているのにそれはない。なので真っ先に、すでに公開6週目の「チェンジリング」を観に行く。

 
 冒頭1日目の説明的な描写は、それに留まらない。2日目、誘拐当日の描写と対をなしていて、その2日ともローラースケートで働くクリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)の描写で前後に分けられている。
 1日目、クリスティンが息子ウォルターを路面電車で学校に送り届ける時、キャメラはクリスティンのいる電車内に据えられたまま、動き出す車窓からウォルターを捉える。
 2日目、会社へと出かけるクリスティンの動きにあわせてキャメラは、窓に佇み見送るウォルターを捉える。どちらも矩形のフレームに縁取られたウォルターを、クリスティン側の横移動するキャメラで捉えている。

 1日目、勤務後ウォルターを迎えにきたクリスティンは、父親の不在を説明する。ウォルターの誕生とともに送られてきた箱の中の「Responsibility」。
 2日目、キャメラは勤務後のクリスティンとともに横移動しながらウォルター不在の窓枠を捉える(もちろんこれは出勤前の移動を逆行していて対をなしている)。ウォルターの不在と、箱=家の中に残された「Responsibility」。
 

 24時間後にしか署員をまわすことができないと電話口で言われた翌日、クリスティンとともに家のなかに据えられたキャメラは、窓外に警察車両を捉える。駆けつけるクリスティンをキャメラは追わず、そのまま窓外のできごととして捉える。次にキャメラは外に出るのだが、あろうことかクリスティンを捉えるのではなく、向かい隣の夫婦が何事かと出てくる姿を捉え、次にその夫婦越しに遠くクリスティンを捉える画でシーンを終え、続く2週間後の教会のシーンへと繋ぐ。そこではウォルターの失踪がすでに人々に周知された事件となっている。この何気ない一連の描写が、巧い。
 「アウトロー」の際のインタビューにて、イーストウッドは次のように語っている。

2人の人物が出ている場面がたくさんある。それから町で何かが起こる場面がたくさん。一番手っ取り早いのは、ロングショットとクロースアップを撮ること。難しいパートはその中間にある結合組織です。カメラでどのように場面を結合させるか、それをどうやって結びつけるか


 ここで「手っ取り早いのは」誘拐された日の描写と2週間後の描写を撮ること。「難しいパートはその中間にある結合組織」「どのように場面を結合させるか、それをどうやって結びつけるか」
 つまり翌日の警察車両到着の描写である。キャメラはクリスティンに寄り添わないばかりか遠ざかっていく、しかもこれ以降登場することのない隣人を介して。
 クリスティンに寄り添った主観的なシーンと、事件として周知している人々が大勢集まる教会の客観的なシーンは、時間も、視点=キャメラとクリスティンの距離も、したがって事件を知る人の数も、大きく隔たっている。その両者の中間にある結合組織として、二人の隣人から見られたクリスティンを用意するのが、イーストウッドの巧さなのだし、作家性というものだ。

 冒頭20分経過しないうちでこれなのだから「チェンジリング」が傑作であることは言わずもがなということで。 
 

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2009/03/29(日) 01:16:54|
  2. 映画感想
  3. | トラックバック:0
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著書

プロフィール

中澤正行

Author:中澤正行
撮影監督

主な作品
2006「天使の卵」
同年 第50回三浦賞受賞
2008「あの空をおぼえてる」

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